日本で生まれて日本で育った在日韓国人3世として、普段考えていること、面白いこと、興味を持っていること、みんなに知ってほしいなぁ~と思うことなどを交えながら、ブログを使って発信していきます。
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ちょっぴり悲しい在日コリアンの恋の物語。
僕は アッケナク 恋に おちた。
彼女は 日本人だった。

・・・たしか『GO』ってこんなカンジの書き出しでしたよね(汗

世の中、『GO』や『パッチギ!』のようにはいきません。
出会いは、友人(日本人)の結婚式の2次会でした。
当日たまたま近くにいて、二言三言やりとりした程度で会話に花が咲いたというわけでもなかったのですが、後日彼女のほうからなぜか教えてもいない私のケータイメール宛に連絡が来たのが始まりです。
そして何往復かのメールのやり取りの後、二人でお食事することになりました。

で、なんだかいい雰囲気になり、しばらくしてからお付き合いしちゃったりなんかしました。

そして、彼女が在日コリアンの男性とお付き合いを始めたことを両親に伝えると、彼女は猛反対されました。

「子供が生まれたら名前はどうするんだ?」
とか、
「お前は相手の苗字を名乗るのか?」
とか、
「死んだら相手の家の墓に入るのか?」
とか、
「韓国に帰ると言い出したらお前も一緒についていくのか?」
とかとか・・・ご両親先回りしすぎです。

そして最後には
「韓国(人)はうんぬんかんぬん・・・だからあいつらは信用できない」
という説教?をされていたとのこと。
そんなやりとりが毎週のようにあり、時としてそれは2時間に渡ったそうです。

結婚するしないは別にして、名前とか墓とか帰るなんてのは、そんなの双方の合意で決めるだけのことですからねぇ。
ただ、最後が・・・ウーン

話を聞く限りでは、私自身の人となりには一切触れず、韓国人であるということが「反対」の理由で、韓国人そのものが受け入れがたい存在、忌み嫌う存在であるかのようでした。

貧しい時代に職を求めて済州島から大阪に渡ってきた私の祖父を始め、やむなく・もしくは無理やり日本で生活せざるを得なかった一世世代。
そして差別を受け苦労しながらも家庭を持ち、働き、私を育ててくれた私の両親を始めとした二世世代。
私がこき下ろされているだけなら私個人が腹を立てれば済む話ですが、私の両親、祖父母をはじめ在日コリアン全体の存在や、背負っている歴史を否定(拒否、というほうが正確かもしれない)されているようで、彼女から「両親がこんなことやあんなことを話していた」と聞けば聞くほどやるせない気持ちになりました。

私がお気に入りの韓国映画をプレゼントしたのですが、家で見るとそれをきっかけにまた説教?が始まってしまうので見ることが出来ない、なんて言っていたっけ。

『オレが直接会って、どんな人間か知ってもらえばちょっとは空気が変わるんじゃないの?』
なんて提案をしましたが、とてもそんなことが出来るような雰囲気ではない、といわれてしまいました。

ささいなことからでもすぐ説教?になるので、彼女自身も精神的に疲れてきて、しばらくしてからは「もう会っていない」ことにしていたそうです。
正直言うと、これも寂しかったッス。

----------------------------------------------

結局、彼女とは私がコリアンであることは別の件で折り合いがつかず、数ヵ月でお別れしてしまいました。
彼女と出会い、お付き合いしたのも縁、別れたのもまた縁。
こればっかりはなるようにしかなりません。

ただ、日本社会の中で在日コリアンを取り巻く状況は、私が考えているほど良好なものではないのかもしれないナァ、とちょっぴり悲観的に考えてしまった一件でした。
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コメント
この記事へのコメント
悲しいです
ジブロさん、

何と申し上げてよいやら…
お二人の楽しい時間となるはずだったのに。

いい人と必ず会えます!常にそういう気持ちでいれば。

こうありたい、こうなるんだという、ヴィジョンを常に持ち続けることが、どんなことにせよ実現へのより確実な道だと私は思います。
2007/09/10(月) 21:01:04 | URL | つかもと #-[ 編集]
河を渡る
上の文は駄文でした。すみません。

「私の両親、祖父母をはじめ在日コリアン全体の存在や、背負っている歴史を否定(拒否、というほうが正確かもしれない)されているようで、・・・やるせない気持ちになりました」

私は日本人で、21歳になるまで、在日コリアン社会がなぜ日本にたくさんあるのか、という理由や歴史、現在を全く知らずにいました。その一端に触れたときは、とてもショックでした。

それは川崎でのことです。知ることはとても大切ですが、それを生活の中で実質化していくことが最も大切で最も難しい。そして、河があることを知るような気がします。

河があることはわかっているけど、日本人である私たちは、渡る努力を続けなければならないと思っています。
2007/09/11(火) 08:58:43 | URL | つかもと #-[ 編集]
私が思うに
努力が必要なものだとしても、努力する必要がないものなのだと感じてしまえば、多くの人はラクな方(つまり、努力をしない)を選ぶと思います。

努力が必要なものなのなら、裏を返せば努力をしない大多数の者はその結論にたどり着くことができないということになります。

果たして、本当に必要なのは「努力」なんでしょうか?
(キビシくてごめんなさい・・・)
2007/09/17(月) 00:22:40 | URL | Ghiblo #GzvTJWb.[ 編集]
>やむなく・もしくは無理やり日本で生活せざるを得なかった

>私の両親、祖父母をはじめ在日コリアン全体の存在や、背負っている歴史

在日は帰国する機会は何度もあった。帰りたくて帰れない拉致被害者とは違う立場。本人の意思で日本に留まっているのにトラックに放り込まれて強制連行があっただのそんな話ばかりする。

歴史を歪曲する朝鮮人、在日ばかり・・。

彼女の両親が反対するのはあたりまえと思いますが・・
2007/09/27(木) 20:35:51 | URL | ゴン #-[ 編集]
そうでしょうか
ゴン さん
コメント、ありがとうございます!

日本人の両親が反対するのは「あたりまえ(つまり通常)」なら、反対しないと「異常」なんでしょうか?
私はそうは思いません。

知人、親戚に多く在日コリアン&日本人のカップルがいますが、「拒絶」ともいえるほどの猛反対を受けたというのは聞いたことがありません。
むしろ、私の様な例のほうが今となっては少数派ではないでしょうか?
統計を取っているわけではないので、あくまで経験則ですけど。

私個人を通して「在日コリアン」総体の理解をもうちょこっとでも進めてほしかったのですが、同じテーブルに座る機会さえ与えられませんでしたね・・・
2007/09/27(木) 23:23:01 | URL | Ghiblo #GzvTJWb.[ 編集]
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