日本で生まれて日本で育った在日韓国人3世として、普段考えていること、面白いこと、興味を持っていること、みんなに知ってほしいなぁ~と思うことなどを交えながら、ブログを使って発信していきます。
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古本屋で投売りされている本を見て思ったこと。
0036s.jpg古本屋で1冊100円(安!)で投売りされている本を見て思いました。

なぜこの本たちはこんなに安く売られているんでしょうか?

発売した頃は680円だとか、1350円だとかの値段で販売されていて、実際にその値段で買った人もいる。にもかかわらず、中古とはいえ数十分の一にまで金銭的価値が下がっています。
「情報の新しさ」が命のものならまだわかりますが、内容の新旧が価値そのものにならないであろうジャンルの本も、日の当たる店先に放置されたワゴンで売られているのはなぜでしょうか。


経済学的に言えば、「市場価値がなくなったから」ってことになるでしょう。

では、「市場価値」ってどうやって決まるんでしょうか?
私は、「市場価値」の大部分は「美人投票」で決められていると思っています。

「美人投票」という言葉、知っていますか?ミスコンテストで優勝を決める時の投票方式から取られている、皮肉のこめられた言い方です。「誰が一番美人か」を自分で判断して投票するというよりも、「投票者のみんなが、誰を一番美人だと判断して投票するか」を推測し、そこに投票する、ということです。
(注:私はミスコン自体を推奨しているわけではありません)

株式の値段はまさに「美人投票」そのものです。株価は、その会社の価値そのもので決まるのではなく(近いものはありますが)、正確には「どの会社に価値がある、とみんな(ここでは他の投資家)が思っているか」で決まるんです。
土地もそうですよね。土地ってのは本来、家を建てたり公園作ったりと、使ってこそ価値があるものなのに、所有したり売り買いすること自体に価値があると勘違いした人たちが「美人投票」で値段を吊り上げ、バブル期には東京の超一等地に空き地が目立つというゆがんだ状態になったこともあります。
バブルがはじけるとまたもや「美人投票」によって価格が急激に降下しました。これは、土地そのものの価値(使ってこそ、の)を全く無視した価格変動です。

突然ですが、私は「どっちの料理ショー」というテレビ番組が嫌いです。出てくる料理だけはおいしそうなので好きですけど。
なぜかというと、勝敗を決めるシステムが「美人投票式」だからです。だってあれって、多く票を集めたほうが勝ちで、勝ったほうに投票したゲストがおいしいもの食べられるんですよね?つまりは「みんなはこっちに票を入れそうだぞ」というほうにつけばたいていはいい思いができ、少数派になることが目に見えていても「コッチがいい!」と自分の信念を貫き通した人が損をする、って仕組みなんですね。
これって、「長いものに巻かれとけ」ってことじゃないですか?
まあ、実際にゲストがどういう価値判断(もしくは打ち合わせ)で投票しているのかは知る由もありませんが。

世の中って、「美人投票⇒長いものに巻かれろ式」のことってものすごく多いですよね。「売れてる、みんなが持っているから自分も買っとかなきゃ」「人気のあるメーカーだから安心」と、自分の価値基準があいまい(もしくはまったくない)なまま世の中の「美人投票で作られた市場価値」を鵜呑みにして、気がついたら「長いものに巻かれて」いるだけってこと、ありませんか?

有名?な例が、水着です。(多分女性用に限ります)
今頃、すでに「2006年の流行水着」というのを考えている人達(水着メーカーの人達?)がいて、11月か12月あたりに「来年のはやりの水着はコレ!」という売り文句で発表。「あぁこれが次の夏の流行なんだ」そう思った人が『前もって作られた流行』に群がる。そして結果としてそれらがちゃんと流行する。
『流行』に乗っかっていればまず安心。買わないと『流行』に乗り遅れている人だと思われるのがイヤなので買う人も多分いる。
なんか変だと思いませんか?コレって本当の意味での流行でしょうか?

んなこと言ったって全てのものごとで「自分の価値観」を持つってのはとても難しいと思います。人間は「社会の中の動物」なので、社会から受ける影響が絶対にあるからです。それでも、世の中の価値観にやたらと流されない、自分の価値判断基準をしっかり持った人になりたいと思います。

私は「在日コリアン(在日韓国人)」という、日本社会でいえばマイノリティー(少数派)の人間です。
「あー、もうメンドクサイから韓国人ですとか言うのやーめたっ」とでも言って、国籍も日本にして名前も日本風にして完全に日本人になってしまったほうがラクなんじゃないかな・・・そう思う人もきっといるはずです。
でもそれは、自分の確固とした意思がないまま長いものに巻かれているだけのようで、私は気が進みません。私はただ単純に、「長いもの」にまかれっぱなしの人生は過ごしたくないと思うのです。こんな私はただの意地っ張り、ヘソ曲がりですか?

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コメント
この記事へのコメント
なんかわかるなあ
こんばんは。
先日はコメントありがとうございました。
ちょっとゆっくりブログを書く余裕がなくなってきたので週末限定で今後つくっていきたいと思っています。

私も長いものにまかれろ的生き方には、
反対かな。というよりそういうふうには生きられない、不器用なんですねきっと。
だからいつまでたっても解決できない問題に悩み、まあいいかとなんとなく乗り切ってしまっている感あります。
けど自分の絶対価値観だけは大事にしてるんですね。
そういう価値観を共有する友達はほんとに私にとって財産で、市場価値なんかに負けはしません!なーんて。。
そういうふうに生きています。
2005/04/23(土) 20:04:25 | URL | krio #O8F7qbgM[ 編集]
素敵な友達が多いんですね
コメントありがとうございます!

私の周りにも、自分自身の価値観を大切にしている人が多くいます(少なくとも私はそう思っています)。
そういった友人達と接していると、ああこんな発想があるんだ!何て突拍子もないアイデアが出せるんだこいつは!と長い付き合いをしていても発見の連続だったりします。
私にとっても、彼ら彼女らは世の中の「ものさし」や「はかり」でははかることのできない、大切な財産です。

そういう連中とは、生涯刺激し会える関係でいたいですね。
2005/04/23(土) 22:15:27 | URL | ZYZY #GzvTJWb.[ 編集]
多数が勝つ世界ってどうなん?
「どっちの料理ショー」僕も見てました。最近は忙しくって見れないんですが。料理がごっつおいしそうですもんね。
ZYZYさんに共感します。僕も、「俺だったらこれ選ぶな」って料理が負けたときは、なんともいえない惨めな気持ちになりました。自分がセンスがないみたいに感じて。
最後に料理を食べているシーンなんかは、多数派が少数派を見下している情景ですもんね。ああ、やだやだ。ただ、料理はうまそうだ(笑)
2005/04/24(日) 10:21:48 | URL | ダブル #-[ 編集]
美味しそうですよね
そうそう、あの番組の唯一の欠点は、料理がうまそうで、たまに石焼ビビンバとかチヂミとか出てくること(笑)

もうひとつあの番組の「おや?」という所は、番組の最後のほうで負けた側の料理人が反省会?のようなものをやっているシーンです。
全力をつくして何も落ち度はなくても、「力が足りませんでした」みたいなことを言わされてる。
イクラ丼とウニ丼比べて優劣決めたって意味ないでしょ!どっちも美味しいんだから。

ある意味その料理人は、一方的な価値観で落とし込められた被害者ですよね。
2005/04/24(日) 10:50:53 | URL | ZYZY #GzvTJWb.[ 編集]
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